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● よくある質問・勉強法編19●

【Q-a19】

ある本に、駿台文庫の『基本英文700選』は超悪書だと書かれていました。学校で使わされているのですが、やらないほうがいいですか?


【A-a19】

 だいぶ前に「ちくま選書」だったか出たばかりのころ読みました(本のタイトルは伏せさせていただきます)。著者は『700選』の英文が古くさいことをあげつらいます。

 たしかにそれはそうなんでしょう。賛成です。実際、選ばれた英文はあの本が出る前の入試問題が中心なわけで、当時の入試問題はさらにその前に出た本や雑誌が出典ということで、古さからいえば、とんでもなく古いだろうと思います。

 でも『700選』の命は英文の並べ方にあるのであって、英文が表現が古くさいとかなんとか言ってもしょうがないのです。本当に意味で『700選』を批判するのであれば、その部分、つまり並べ方を取り上げるべきなのだと私は考えます。

 件の本の著者はそのことにまったく気づかないで『700選』の英文の不自然さのみ (しかもわずかな例だけ)をあげつらいます。『700選』の本質にはまったく触れることなく、周辺部分ばかりを批判しているのです。この程度の労力で伊藤先生の本を語るのは、あまりに認識不足ではないかといわざるをえません。

 著者は代わりにこんな提案をします。「やさしめの英文をたくさん読んで、受験英語の毒を洗い流せ」。これは、たんなるレトリックです。外国語を学ぶというのは、まずその言語のしくみを知り、語彙を覚え、そして豊富にその言語に触れることで、だんだん自然に使えるようになるというプロセスを踏むことにほかなりません。

  受験英語が「しくみ」であり、著者の言う多読が「その言語に触れる」ということだと考えれば、著者の主張は伊藤先生が言っていることとまったく同じです。なぜなら、伊藤先生は『英文解釈教室』のあとがきで「本書の説く思考法が無意識に沈んで、本書のことを忘れ去るとき本当の意味の『直読直解』が達成される」と書いています。この著者の主張するようなことはすでに、しかももっと厳密な表現で述べているのです。著者の言う「洗い流す」が、まさに伊藤先生の「無意識化に沈む」です。伊藤先生は必要悪である文法は「忘れるためにある」ということを自明の前提として、大学入学前に身につけておくにふさわしい文法を考えた人です。その意識の有無がいかに決定的かをぜひ理解してください。なぜそんなことすら気づかないで、つまるところ伊藤先生が言っていることとまったく同じ方法論で、多読を「それに取って代わる方法論」かのように述べることができるのか、不思議でなりません。

 著者はきっと『700選』の構成のヒントになる『英文解釈教室』など読まず『700選』の一部の英文をネイティブの意見だけで批判したのではないでしょうか。本のタイトルからもっと本質的な議論を期待していたせいもあり、どうしてこの程度の議論で「日本人がなぜ英語ができないか」とまで言い切れてしまうのか、やりきれない気持ちになりました。いったい『700選』という本がなぜ成立し、読みつづけられてきたのか、本を書くうえで本気で考えようとしたのでしょうか。それに、文法(著者の言う「受験英語」)を使わないで、いくらやさしいとはいえ、まとまった英文をどうやって「大量に」読めというのでしょう。英語を読むのに文法の力はいらないと言える根拠が不明ですし、だいいち文法の勉強をしないでライティング力など「発信する力」が身につくのでしょうか。

 いちばんの懸念はこれからのことです。すでに大学受験などをへて文法をひととおりやっている人が著者の議論を信じて多読をするぶんにはなんら問題ありませんが、これかゼロからやろうという人が、この議論を信じて文法抜きで勉強しようとすることでなんら支障が出ないということを、体験的にでも確かめているのでしょうか。1日じゅう大量に英語に接する環境にあるのならまた別ですが、日本で勉強しているかぎり、ほかの教科をやる時間を大幅に削るでもしなければ多くの人には無理ではないかと私は考えます。すくなくとも、私であったら不可能なことのように思えます。

 やさしい英語に慣れることで日常的に使う英語を知ることも大切なのかもしれませんが、大学に行くのなら、入学後、原書で自分が学ぶことを辞書を引きながら読めるくらいの文法力をつけることはもっと大切なはずです。まさか日本人はTIMEなんて高級誌は読めなくたっていいなんて考えているのでしょうか。「古い英語」「かたい英語」を否定して身につけた「ネイティブもどき」みたいな力より(「ネイティブ度」でいえば、永遠に日本人はネイティブに勝てません)、たどたどしい英語でも高い思考を得たり表現できる力がほうがずっと大切だと私は思います(このあたりは考え方のちがいもあるでしょう。たとえば、アメリカで大工として成功したい人にまでこのような考えを押しつけたいわけではありません)

 この本と伊藤先生の提示する方法論を同列に議論するのは、私は抵抗があります。ただ、「古い英語は無用」と考える人が『700選』をあえてやる必要もないでしょう。今やっている人は続けてかまわないと思います。会話で使うような言い回しを覚えたかったら、会話教本や子供向けの本などを読むこともいっぽうでやればいいだけの話ですから。